俺は猫である。

俺は猫である。
名前はブリ男(仮名)。

猫

昔は自分の名前を「かわいー」かもしれない、なんて考えていた時期もあったが、あれは誤りだ。
俺の名前じゃないなら、しょっちゅう「かわいー」と言うのはやめてくれ。デカい生き物にそう言いたい。紛らわしい。

 

朝4時。
俺の朝は、まずデカい生き物を起こすところから始まる。

せっかく俺が朝3時からうふうふしてやっているのに、アイツはいぎたなく眠り続けている。
4時までは我慢してやるが、それ以降はアウトだ。空腹も限界。

まずは優しく、甘えた声で「アッ」と起こしてやる。
でもデカい生き物は目を覚まさない。俺の親切心を無にしやがって、どうしようもないヤツだ。
仕方ないので、俺はデカい生き物の上に飛び乗る。それから「ニャッ」と声を上げながらデカい生き物を踏み切り台にしてジャンプする。
この時点で起きる日もあるけど、起きない日もある。そんなときはデカい生き物の背中で爪を研ぐ。これで問題は解決する。

最初から背中でバリバリしてやればいいって?
俺は英国紳士だからそんな乱暴なことはしない。あくまでもジェントルにデカい生き物を起こすのが俺の流儀。

朝は、デカい生き物はフラフラしながら猫じゃらしを振る。あまり面白くないから最近は飛びついてやらない。

それよりもメシだ。腹が減った。早く食わせろ。

と念じながらデカい生き物を見つめると、アイツは「遊ばないのね…」と肩を落とす。渋々と猫じゃらしをしまって、俺の皿を洗い始める。夜は一緒に遊んでやるから我慢するんだな。

デカい生き物が皿を洗うとき、俺はシンクの横で見張ることにしている。
どうもデカい生き物は俺がキッチンに登るのが嫌らしく、俺が登る度にいちいち抱っこして降ろすから面倒くさい。
いちいち降ろしてんじゃねーよと抗議するのだが、アイツは「ニャッじゃないでしょ」と意味不明なことを言って俺をベッドやソファに強制移動させる。気に入らない。

最近は根負けしたらしく、俺が手を出さなければシンクの横に陣取っても強制移動は発動されない。いい傾向だ。
でも、シンクに流れる水を見ると、つい首を伸ばしてしまう。蛇口から出るシャワーなんてたまらん。足が濡れるのも厭わずにパンチしてしまう。
そうするとデカい生き物は「んもー、ブリさんダメでしょー」と言いながら俺を抱き上げてキッチンから追い出す。困ったヤツだ。

朝食はカリカリだ。
昔は昼までかけてちびりちびりと食べていたが、もう大人になった俺はそんな食べ方はしない。一気に平らげてやる。

そんな俺を見て、デカい生き物は「ブリさんの食べっぷりってワイルドだよね~。男らしいよね~」とメロメロだ。
メロメロついでにカリカリを追加してくれてもいいんだぞ。俺はいつでも食べる準備はできている。

朝食を食べてしばらくすると、デカい生き物は「ブリさん、お母さんはお仕事に行ってくるね。お留守番よろしくね」と言いに来る。

出掛けるって?
その間、俺のメシはどうするつもりだ!
行くなよ!

という抗議の意味を込めて腹を見せてやるのだが(しかも喉を鳴らすサービス付き)、デカい生き物は俺の喉や腹を撫でまくるだけで、結局部屋から出て行ってしまう。
デカい生き物の俺に対する愛なんて、所詮はこの程度なのか…。

しかし、デカい生き物がいなくなるのは、悪いことばかりじゃない。
アイツがいるとキッチンの探索がおちおちできないが、いなければやりたい放題だ。干してある俺の皿にパンチしようがシンクに入ろうが何でもできる。

だが、キッチンの探索も何時間もできるわけではない。
仕方ないので、ニョロりんを嬲ったりボールを蹴飛ばしたりして暇を潰す。
デカい生き物がいれば猫じゃらしを振らせるのに。やはりアイツの留守は面白くない。

そうだ、外の見張りをしなくては。

物見台からは鳥が飛ぶのも車が走るのも見える。奴らが万一にも俺の家に入って来ないよう見張るには良い場所だ。
幸い、今のところ俺の縄張りを荒らすような度胸のある奴はいないようで、毎日平和が保たれている。

平和は、いい。
晴れていると、なおいい。暖かくて眠くなる。

ちょっとくらい見張りをサボって居眠りをしてもどうってことはないだろう。
平和を享受できるのは幸せなことだ……。

 

日が高くなってもデカい生き物は帰って来ない。
アイツは俺のことを愛しているんじゃないのか。この待遇は一体何なんだ。

仕方ないので、もう一度部屋の巡回を始める。

キッチンに登って、俺の家を見渡してみる。
狭いが悪くはない。テーブルではのびのびと寝られるし、床にはお気に入りのオモチャが散らばっている。
小さな毛のボールを見つけたら全身がうずうずしてきた。アイツを蹴り倒し、噛んで振り回してめちゃめちゃにしてやりたい。

俺はキッチンから弾みをつけて飛び降り、毛玉に襲いかかった。
毛玉は跳ねて俺から逃れようとする。無駄な抵抗だ。俺の牙と爪の恐ろしさを思い知るがいい(だが爪はデカい生き物に切られて威力が半減している。アイツはろくなことをしない)。

俺の脚力を活かし、毛玉に勢いよく飛びかかる。
すると、ああ無念、毛玉はテレビ台の下に潜って逃げてしまった。
仕方がない。デカい生き物が帰ってきたら拾わせよう。

身体を動かしたら腹が減った。
ひょっとしたら皿にカリカリが出ているかもしれない。という淡い期待を抱いて皿を覗きに行く。
が、空のままだ。水を飲んで空腹を紛らわせる。

まったく、デカい生き物は何をしているんだ。

 

夕方というのは、俺を不安にさせる。

朝は「デカい生き物がいないのも気楽なものだ」なんて思っていたのに、空が薄暗くなると「デカい生き物はちゃんと帰ってくるのだろうか」と心細くなる。
俺としたことが、情けない。

そういえば、子どもの頃は夕方になると声を出してデカい生き物を呼んだものだ。
だがアイツは来ない。
俺がどんなに悲痛な叫びを上げたところで、アイツはまったく意に介さない。
アイツの愛情なんてそんなものだ。アイツには期待しない方がいい。
俺は孤高の野獣だ。デカい生き物には頼らない。

が、空腹は如何ともしがたい。
だから俺はドアの見えるベッドで丸くなり、うとうとしながらデカい生き物の帰りを待つ。

アラームが鳴った。
そして、玄関から鍵の音がする。

俺はベッドから飛び降りて、ドアの前で待機する。

程なくデカい生き物がドアを開けて「ブリさん、ただいま~。退屈していたねえ」と呑気な声を出す。

これでメシが食える!
猫じゃらしで遊べる!

喜びのあまり、俺はデカい生き物に擦り寄ってしまう。
俺がどんなに待っていたか、どんなに腹を減らしているか、どんなに怒っているかを伝えたいのだが、心に反して尻尾がピンと立ってしまう。

ところが、俺が全身で喜びを表現しているのに、アイツはすぐにまたドアから出て行ってしまう。
頭に来て、そして哀しく情けなく、俺は叫んでしまう。

お腹空いてるのに!
留守番してたのに!
なんでまた行っちゃうの!?

ドアの向こうからはデカい生き物の返事が聞こえる。
「お母さん帰ってきたよ! ブリさんがお腹空いたって知っているよ! ちょっと待ってね!」

果たしその通り、アイツはまたすぐに部屋に入ってくる。
背中が穴だらけの服を着て。

 

夕食はウェットフードだ。
お湯がなみなみと注がれた肉や魚。俺は猫である喜びを噛みしめながら大量のメシを食う。
空腹が満たされて、ようやく俺は夕方から続いていた不安が解消される。

腹が膨れたところでデカい生き物を観察すると、アイツは俺の部屋の中でちょろちょろと動き回っている。
キッチンで何やらやっているときは俺に構わないから頭に来るが、俺の皿を洗ったりトイレを掃除したり甲斐甲斐しく世話もするから許すことにしている。

デカい生き物がテレビ台の下から毛玉のボールを引きずり出した。
そうそう、それを待っていた!
「ブリさん、いくよ!」
アイツが投げると毛玉が弧を描く。

まるで物見台から眺める鳥のようだ。
俺は鳥に飛びかかるつもりで毛玉を捕まえた。

 

「ブリさん、お母さんお風呂に入ってくるね」
そう言って、デカい生き物はドアを出て行ってしまう。

だが俺は不安にならない。
ドアの向こうから何やら音が聞こえてくる。デカい生き物が何かやっている気配を感じる。
アイツのことだから、きっとどうせろくなことはしていない。

そのうち、またドアを開けてデカい生き物は俺の家に戻ってくる。
そして猫じゃらしを振り回して、皿にカリカリを出す。
俺の食後には「ブリさん、たまにはもふもふさせてよ」とアホなことを言い、俺を抱っこする。
わかっている。俺はよくわかっている。毎日同じ繰り返し。

今夜はどうやって抱っこから逃れようか。

そんなことを考えていると、眠気に襲われる。
浅い眠りから覚めたら、俺の家に戻ってきたデカい生き物と遊んでやろう。
そう決めて、俺はまどろみを堪能する。

7カ月齢の猫

投稿者:

りんむじんづ

20代で購入したマンションは、無事にローンを完済したかと思ったら売り払い、30代でまたまたマンションを買いました。好物はマンションの間取り図。旅とグルメにも目がありません。ブリティッシュショートヘアの男子(ブリ男)との同居を始め、ますます極楽な生活を送っています。

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