何年か前の断捨離時代を中心にあらゆるモノを処分してきましたが、その中で2つだけ「あー、アレやっぱり必要だったなあ」と思ったモノがあります。
ひとつはサラダスピナー。
場所を取るし毎日使うわけでもないし、もういいや。と処分したのですが、いざサラダを作るときに葉っぱの水分をキッチンペーパーでちまちまちまちま拭くのが嫌になり、「やっぱりサラダスピナーは要るわ」と思い直しました。
もうひとつは、ティーカップ。

パラティッシのティーカップやコーヒーカップを買ったのを機に、20年近く前に買ったノリタケを処分しました。
参考:【アラビア】パラティッシをほぼ全種類揃えて分かった使い勝手
が、やはりパラティッシだけでは物足りないです。
パラティッシのカップは、ぽってりと厚みがあります。

この厚みがカフェラテやココアを飲むときにはとても安心感があってイイのですが、お紅茶を頂こうとすると…なんかちょっと違う。
もっとこう、薄くて繊細な磁器で、ひらひらと紅茶は飲みたいのですよ。
そりゃぽってりとしたパラティッシで飲んでも紅茶は紅茶なんだけど、カップの口当たりで味はやっぱり変わってきます。
思えば、実家で紅茶フィーバーが起きてから、週末のティータイムは素敵なカップを使うのが当たり前になっていました。
参考:【コーヒー】嗜好飲料、その変遷【お茶】
「素敵なカップ」といってもスーパーでも買えるようなウェッジウッドのワイルドストロベリーとかそんなんですが、それでもマグカップで飲むのと気分は違いました。
ひとり暮らしを始めて、最初のうちはティーカップなんぞ持たずに過ごしていたのですが、やはりそれでは物足りなくて「いつかマイセンやヘレンドを」という野望を胸にノリタケを買ったのでした。
……というのを20年近く経つ間にすっかり忘れていました。
そうだ、ワタシはティーカップ好きなのだよ。貧乏な若い頃に「アウトレットでもいいから」と買うくらいに必要なのだよ。
と、件のノリタケを手放して、やっと思い出しました。
では断捨離して後悔したサラダスピナーとティーカップは、まったく同じモノをもう一度買い戻したいかというと、そういうわけでもありません。
サラダスピナーは小さめサイズを買ってしまっていたので、何皿かサラダを作るときには何回もくるくる回さなくてはいけませんでした。
しかも雑貨屋で千円くらいで買った代物のため、特に未練もなく。
「あー、サラダスピナーはやっぱり要るなあ」と思った次の瞬間には「んじゃこれを機にOXOのサラダスピナーを買うか」と決めた程度にしか執着がありませんでした。
ノリタケも、働き出してすぐの小娘が買えた(しかもアウトレットで)程度のモノなので、この歳になると「もう少しいいカップが欲しい」という野心があります。
20年近く使ってれば欠けやヒビこそなけれど小さな傷はありましたし。
というわけで、これまた「んじゃ新しいのを買うか」と思いました。
そんな折、身近な人がイタリアに行くという情報をキャッチ。
せっかくのイタリアですから、リチャード・ジノリで何か買ってきてもらうことにしました。
ジノリは、本場フィレンツェに行ったときに何か買おうと考えていたのが、結局何も買えずじまいでした。

なぜかというと、バカンツォの時期で店が閉まっていたからです…。
ショーウィンドウから一生懸命覗き込んで終わってしまいました。
その後アウトレットで買う機会はあったのですが、何となく買えずじまい。
というのもそのときは引越を控えていて、モノを増やすのが面倒くさかったんですね。
まだ当時は「食器は白」と決めてかかっていたので買えるのがベッキオホワイト一択となると、それはそれで淋しい気がしたというのもあります。
今は「食器は白」縛りはないし、今回欲しいのはティーカップ&ソーサーだけだし、ベッキオホワイトにこだわらず今好きだと思うモノを買ってきてもらおう。
ということで、ジノリを取り扱っている店舗へ行って実物を見てきました。
昔はイタリアンフルーツが好きでしたが、今は可愛過ぎる気がします。そして、実家にあるからちょっと飽きました。
今の気分はグランデューカかな。
なんて思いながら店頭で実物を改めて見たら、ちょっと物足りませんでした。
…と、自分の感じ方の変化に驚きました。
昔はどちらかというとレッドコックは「ないわー」と思っていました。これなら本歌の有田焼の方が素敵じゃないの、とあまり好きではなかったのですね。
ところが、なぜか今はこの赤絵とゴールドのバランスにキュンとくる。そして有田焼よりも西洋風味が混ざっていて可愛いじゃないの、なんて感じるようになってしまいました。歳を取ると趣味って変わるんだなあ。
というわけで、日本で入手できるより安く買えるんだったら買ってきてと頼んだところ、この為替レートじゃ安く買えるに決まっていますよ。
更に百貨店のセールやら免税やらもあって、高く買いようがないですよ。
なんてことで、赤い鶏が無事に日本に戻ってきたのでした。


あー、いいねいいね。
受け取ってビックリしたのは、その軽さです。
しばらくパラティッシばかり扱っていたのでカップ&ソーサーも重いという頭になっていたのですが、ジノリの薄さだと非常に軽く「ホントに入っているのか?」と紙袋の中身を覗いてしまったほどでした。
この薄さで丈夫というのがスゴいです。知人宅の猫の食器はジノリで、結構雑に扱っていても割れも欠けもしないとのこと。
当然スッとした口当たりは大変よろしく、紅茶を飲んで「あー、これこれ」と嬉しくなりました。
しかし、やはり日常的に使うにはパラティッシを手に取ってしまいます。
時間がない朝には食洗機に入れられるカップの方が断然ありがたい。
ジノリは週末のお楽しみですね。しかも1客しかないから来客にも出せないという。ホントにワタシひとりだけのための、贅沢なお楽しみです。
たまに「これはいいな」と思うカップを買い足す。それくらいの楽しみはあっていいじゃないの、なんて思うようになりました。
ただ、今「これはいいな」と思うカップは、ヘレンドのヴィクトリア・ヒストリックなんですよねー。

世界限定200客。ひー、たっか。
こういうのを蒐集するのに比べたら、パラティッシを大人買いとか可愛いものじゃん。
と、自分を正当化しています。
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