ブリ男が生まれる数年前、ワタシは生活や家の中をとことんシンプルにすることに血道を上げていました。
不要な家事はやらない。
家事動線は極限まで単純化する。
そのためにモノを徹底的に減らす。
それらを通じて手に入れたかったのは、無駄に体力気力を費やさないラクな暮らしです。
参考:シンプルな部屋が好きな理由
なんてことを考えていたらなぜか新しいマンションを買うことになり、気分一新、まっさらな気持ちでシンプルな生活に取り組める環境になりました。
参考:マンション、買い替えちゃう!?
ところが、猫がウチに来て一変。
シンプルな生活よりも、ブリ男の健康・快適が優先になってしまいました。
ケージや物見台なんて家具は増えるし、大きな爪とぎは必要だし、細かいオモチャも増える一方だし、色味のない殺風景な部屋は一気に保育所のような雰囲気に。
ほぼ空っぽだった収納棚は、キャットフードや衛生消耗品でぎっしりです。
モノが取り出しにくい収納なんて死んでもイヤだったのに、掃除用品の奥にカリカリのストックを入れてあったりして、ワタシにしては凄まじいことになっています。
例えば、タオル。
ひとり暮らしに必要なタオルなんて、バスタオル1枚とフェイスタオル4枚とハンドタオル3枚くらいだと思っています。何ならバスタオルはなくていいくらい。
一応友人が泊まりにくることを想定してバスタオル2枚・フェイスタオル6枚・ハンドタオル6枚を用意して、それで困ることはありませんでした。
ところが猫を迎えるとなると「体調不良で寒がるときに」だの「吐いてしまったときの掃除用に」だの「寝るときの毛布代わりに」だの「シャンプーしたときに拭き取る用に」だの使用シーンをあれこれ妄想してしまい、古タオルでは足らずに買い足してしまいました(そして思ったより使っていない笑)。
同じように、キッチンタオルだのウェットティッシュだの掃除用の消耗品のストックは従来の倍に膨れ上がり、我が家の収納棚を圧迫しています。
では今の状況がイヤかというと、それはない。
床に転がっているボールやぬいぐるみを見て「塵ひとつ落ちていない床が懐かしいな」くらいのことは思いますが、何もない床よりはブリ男がごろんごろんしている床の方が見ていて楽しいんですもの。

たかが猫一匹。
されど猫一匹。
人間でも動物でも「自分以外の何かと暮らす」とはこういうものか、と四十路にして初めて実感しています。
思い返すと、実家はひどくモノが溢れている家でした。
そのモノの多さがイヤで大学を出ると同時に独立したわけですが、今思うと子どもを育てる家庭ではモノが多くなるのは当然のこと。
急な発熱に備えて下着やパジャマは余分に持っておきたいし、学校から突然何かを持って来いと言われるかもしれないし、猫なんかよりずっと「常に家に置いておきたい」というアイテムは多いです。
ましてやワタシの親の世代では「いつでもコンビニで24時間買えるし」「ネットショップから明日には届くし」という感覚は皆無なわけですから、何でもかんでも家に溜め込むのは自然の帰結だったのでしょう。
と、ブリ男の親代わりをするようになった今では母の気持ちも理解できます。
とはいえ、もう使わないモノを延々と溜め込むクセはよくわからんけど。
以前は「なんでこんなにモノが多い家に住んでいて平気なんだ!?」と実家でイライラばかりしていましたが、「家族のために」とあれこれ揃えたモノに囲まれて暮らすのは幸せなことなのかもしれません。
ブリ男が喜ぶかも、と思って買い足したあれこれを眺めると、そう思います。
自分の信条を覆すほどの「何か」と暮らせる幸せ。
キャットフードや消耗品のストックを見る度に、ブリ男が来てくれた喜びを噛みしめています。

↑外でカラスが鳴いているのが気になる。

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