さて、念願の椎間板ヘルニアの手術のための入院です!

仕事がバタバタしていて、入院直前まで大量の書類を「うひぃ」となりながら見て次々サインするという羽目になりました。
「急に入院が決まって、準備が大変だね」と言われましたが、書類と家族・ペットシッターさんとの調整は大変だけど、モノを揃えるのは大したことありません。
なぜなら今はパジャマだのタオルだのはレンタルできるから!
ワタシが持っていくモノは下着や靴下と基礎化粧品くらいです。
しばしばタオルやパジャマを持っていった父の入院時とは事情が違うんだな…としみじみしました。
それは20年も前の、しかも古い病院ですから比べても仕方ないですが。
入院1日目
指定の時間に病院に行くと、早速病室に通され、パジャマを渡されました。
着替えてボーッとしていると、ときどき看護師さんが現れて、リストバンドをつけたり、タオルを置いていったり、サインが必要な書類を渡してきたり、お薬手帳と持参した薬を奪っていったり、とバタバタしています。
そうこうしているうちに昼になり、初の入院食が出されました。
美味しいかな〜どうかな〜とワクワクしていると、…うーん、仕方ないですけど管理と栄養がきっちり考えられた食事ですねえ、というメニューでした。
盛り付けてから保温器で長時間温め続けられていたであろうカピカピの米飯。
これまたほかほかになり過ぎてパサパサの魚の煮付け。
そんなにクタクタになるまで煮込まなくていいのにってカンジのほうれん草やにんじんの煮物。
ワタシの場合内科的な制限もないし普通にバリバリ咀嚼できるので固形の普通食なのですが、まあ塩分が控えめでお優しいので病院食感ありありです。
そして塩っけを補うために出汁などで頑張っていると思うのですが、これがワタシ好みではない。
そして米飯が多い(150グラム)。オヤツを食べないならこれだけ米を食べていいのね…と、ちょっと驚く多さです。
味気ないおかずのときは、完食するのが難しいほどでした。
午後もときどき看護師さんが現れては、血圧・体温・血中酸素濃度を測っていきます。
そうそう、脳神経外科長がひとりでふらりと現れて「明日の手術、頑張りましょうね」と言って去っていきました。
看護師や若い医師も連れていないのか。白い巨塔とは何だったんだ。と、狐につままれた気分になりました。
と、暇なのですが予告もなく誰かがやってくるし、病室から出ても行くところもやることもないし、せいぜい自販機に飲み物を買いに行く程度で、あとは部屋で本を読むくらいしかできませんでした。
夕食も、健康的なザ・入院食という風情。
明日の手術に向け、これ以降絶食になります。
しまったなー、オヤツを持ってこればよかった。
この夜は持参した睡眠薬を取り上げられてしまい、慣れない場所と手術への緊張で、ほとんど眠れませんでした。
看護師さんが0時と2時に巡回していると把握できるほどに眠れなかった。
翌日仕事するわけじゃないからいいんだけど…。
入院2日目・手術当日
なんと、朝食抜きどころか、飲み物も薬を飲むくらいの最低限量でした。
普段ずっと水を飲んでいる人間には辛い仕打ちです。
まずは口腔外科へ行かされ、お口の掃除。
そしてマウスピースの装着です。
歯が欠けるのを防ぐためってどんなに頑丈なマウスピースかとワクワクしていたら、薬剤のホワイトニングで使用するような、くにゃんとしたマウスピースでした。
ま、噛んで飲んだら危険だからこれくらいしかできないのか…。
その後は、手術着への着替えです。
前開きの紐で留めるタイプですが、スナップを外せば前身ごろと後ろ身ごろが分解できるようになっています。
ははあ、これなら背中でも腹でも見せ放題です。
そして点滴の装着。
これで乾きはなくなるはずですが、口が乾燥するというか、口淋しいんですよね。
それから部屋の片づけです。
何かというと、この日の晩は集中治療室に入り、一般病室の方は空けるため。
戻ってきたときに別の部屋になるかもしれないから、荷物は看護師に預けられるようにしておいてね。とのこと。貴重品はコインロッカーへインです。
えーっ、そういうことは早く言ってよ。
と思っていましたが、後から確認したら入院手続き時にもらった大量の書類の中にちんまりと書いてありました。
もっとデカデカと書いておいてよ…。
仕事を休んで駆けつけてくれた姉と合流し、脳神経外科の外来へ案内されます。
大きい病院あるあるですが、入院病棟と外来との距離がすごいので、点滴棒と上手く動かせない脚を引きずっての移動はなかなかの苦行。
しばらくしたら診察室へ呼ばれ、主治医から病状と手術の説明を受けました。
ここまでくると主治医のクセがちょっと理解できて、なんというか脳神経を扱う割には雑な部分があるな…というカンジの先生です。
初診時に「この日なら手術できると思うよ」と言っていたのが、次のときはえらい前倒しになったし。
「これくらい切ると思うよ」と指先で4-5センチを示していたのが、当日は「大して切りませんよ」と示すのが2-3センチになったり。
「大した手術じゃないですよ。1時間くらいですよ」と言っていたのが「1時間半くらいですかねー」と変化したり。
おっ、言っていたことが違うぞ…? と姉と目配せしながら拝聴していました。
んで、このまま手術室に移動のはずだったのですが、しばらく脳神経外科の待合室で待たされた後に「すみません、一度部屋に戻ります」と案内され、長い道のりをえっちらおっちらと戻ったのでした。
手術って大勢のスタッフが関わるから定刻通りに進むのかと思いきや、そうでもないんですね。緊急手術が入っちゃったら定刻もクソもないんでしょうけど。
結局、手術室へ案内されたのは、定刻から1時間半ほど遅れてでした。
はいじゃあこっちでーす、と、普段立入禁止になっているであろう大きな扉ががーんと開いていて、その中に案内されます。
今日執刀のなになにです、麻酔医のなになにです、と挨拶され、そこで初めて主治医が執刀するわけじゃないと知りました。
荷物がガンガン積み上がっている倉庫のような通路のような場所のストレッチャーに寝かされ、まあまあなスピードで手術室の中に運ばれます。
ここからもスピードがすごかった!
部屋の中には挨拶してくれた医師以外にも大勢のスタッフがいて、総勢10名ほどが寄ってたかって「はい、頭に帽子被せますね」「前失礼しますね、心電図の電極貼りますよ」「脚も失礼しますね」とあちこちにべったべった貼りつけられ、「はい、パンツ失礼しますよ」と大勢の前で下半身剥き出しという辱めを受けました。
そっかー、手術は下はすっぽんぽんか。そうだよね、尿カテーテル入れるって言っていたし…。
と、諦観の境地に至っていると、麻酔医に「はい、今から麻酔を点滴から入れていきますね」と言われました。
おお、いよいよ!
わたくし、全身麻酔は生まれて初めてです!
どちらかというと麻酔効きづらい方じゃないかなーという気がしているので、手術の何がドキドキって、この全身麻酔でした。
意識朦朧の中、ザックリ切られることになったら嫌ですもん。
「麻酔入ると、ちょっと嫌な感覚がありますよ。何度か名前を呼びかけますから、返事してくださいね」と言われ、「はーい」と言いながら「わー、あの麻酔の嫌な感覚、ホント嫌なんだよね」と考えていたら。
次の瞬間、枕元に姉が立っていました。
あれ、なんで手術室におねーちゃんが?
と不思議に思っていたら、スタッフが姉に「今日はこの集中治療室に一泊しますので」とか説明していて、それで「ああ、もう終わって手術室から出ているのか」と気づいたのでした。
すごく不思議な感覚です。眠ったわけでもないし、ホントに一瞬で時間が切り取られたような感覚でした。
麻酔医に名前を呼ばれた記憶もないし、仰向けからうつ伏せにされてまた仰向けにされた記憶もありません。
全身麻酔ってすごいなーと感心したのでした。
麻酔から醒めたといっても、最初の2時間くらいはうつらうつらしていたような気がします。
途中看護師に「今何時くらいですよ」と言われて、ワタシ的には手術が始まってもう4時間くらい経っているってこと? と衝撃でした。
頭や感覚がはっきりしてくると、今自分がすごい状況になっていることがわかってきました。
とにかく、なんかいろいろな管に繋がっています。
顔には酸素マスク。左腕には点滴。右腕には血圧計、そして指先に血中酸素濃度計。
背中の傷跡には血を逃すようにドレーンが入っていて、尿道にはカテーテル。下がごそごそすると思ったらオムツです。
脚は、手術前に履いたメディキュットの親玉みたいな医療用ソックスの上に、パッドを履かされポンプで定期的に脚をマッサージされています。
血栓防止ですね。ああ、こりゃ気持ちいい〜、自宅にも欲しい〜、と、プシューッと来る空気圧を堪能していました。
肝心の右脚はどうかというと。
…どうでしょう。
指先は動かせます。空気圧の感触から、右だけ感覚麻痺しているカンジもありません。
が、坐骨神経が痛いような…?
いや、痛いのとは違うな。疲れてる…? 重い…?
この感覚、前にも味わったことがあるような気がするけど、何だったのか思い出せません。
何だろうなあ。急に神経の圧迫が取れたから違和感あるのかなあ。
散々痛めつけられて疲れもあるだろうし。
と、いろいろ考えていると、だんだん背中がズキズキしてきました。
そりゃ切っているし、ドレーン突っ込んでいるんだから痛いよね。
なんて思っているうちにズッキンズッキンしてくるではないですか。
えっ、傷口って数センチとか言っていなかった?!
なんなら背中というか腰全体が痛いくらいなんですけど!
辛抱できなくなって点滴交換に来た看護師さんに痛みを訴え、点滴から鎮痛剤を入れてもらったのでした。
鎮痛剤も即効くというわけではないですが、しばらく堪えていると「背中を切ったってマジ?」てくらい痛みが引きました。
余裕が出てきて周りの様子を伺うと、集中治療室にはほかにも数人いるようです。
周りの人には夕食が出されていて、それで夜になったと知りました。
この頃には酸素マスクが外れました。ひとつ管が抜けてやれやれです。
その後鼻から酸素を入れるヤツに替えましょうと話していたのがそれは装着せずに済んだので、酸素濃度に関してはバッチリのようです。
また、だいぶ意識がはっきりしていたので、いろんな管の説明をしてもらいました。
ドレーンやカテーテルはよっぽどのことがないと抜けないから横を向いたりしても大丈夫だよ〜。
と言われましたが、背中が痛過ぎて姿勢が変えられません。
ベッドの柵にしがみついて、ようやく横を向けるという有様です。
喉が痛くて声が出づらいのは、喉に挿管した影響で、違和感は数時間とか一日でなくなるとのこと。
喉に管突っ込まれたらグエッとなるのにその記憶もないな、全身麻酔すごいな、と改めて感じました。
それから内服薬をもらいました。
取り上げられた薬は、誤飲などないように飲むタイミングで一錠一錠渡されるようです。病院も大変ですね…。
昨日NGだった睡眠薬は飲んでも大丈夫なようで、やれやれこれでぐっすり眠れる、疲れた疲れた、と眠ることにしました。
そして夜中。
隣のお爺さんが奇声を発しながら痰を吐くタイプで、大声にビクッとして目が覚めました。
起きてみると、背中がズキズキです。
ええ、さっきの鎮痛剤から何時間経っているのかな。入れてもらえるのかな。
と躊躇したのですが、だんだんと我慢できなくなってきて、ナースコールを押しました。
すぐに点滴に入れてもらえて「6時間効くから、次に切れるのは明け方かな」と教えてもらいました。
そこから逆算すると、せっかく飲んだ睡眠薬は3時間程度で切れたことになります。くっそー、ジジイめ。
とはいえこっちも喉が痛くて咳が出るし、姿勢を変えるときに痛みで唸ってしまうので、お互い様です。
ワタシ、痛みには強い方だと思っていましたが、今回の神経痛や手術で「そうでもないのかな…」と自信が持てなくなりました。
お爺さんの奇声のほかにも、何やらいろんな計器がピッピうるさいし、自力歩行できる人がトイレの後に使うエアタオルのゴーッという音もうるさいし、眠れるような気がしません。
が、昨晩ほとんど寝てないし、術後の疲れもあって、たまに少し眠れる時間もありました。
入院3日目・術後の朝
長い夜が明けて、窓の外が明るくなってきました。
そういえば、母が手術したときは全身麻酔から覚めたときに寒い寒いと震えていたのが、自分はそういう感覚はないなあ。
なんてことを思っていたのですが、意識がはっきりしてから大量に汗をかいて暑い! と布団をひっぺがしたので、やはり寒く感じていたようです。
気づくと足のポンプはストップしていました。
後で聞くと、ワタシがごそごそと動いてエラーになるから止めたそうです。
自力で動けるなら血栓の心配はないしね。
パッドは鬱陶しいので、明け方の採血のときに外してもらいました。またちょっと身軽になりました。
鎮痛剤は明け方に切れる。という看護師の予言の通り、痛いです。
鎮痛剤、また入れますかどうしますか? と訊かれて「うーん、今から眠りたいわけじゃないから多少痛くても…」と考えていたら、点滴も徐々に外すことになるので内服薬にしましょっかということに。
朝食と一緒に来た鎮痛剤は、ロキソニンでした。
あ、それでいいんだ。
入院して、初めての朝食です。
入院手続きのとき、通常食なら朝パンも選べますよと言われ、脚が痛くて仕方ないくせに食い意地の張ったワタシは「じゃ、気分転換に朝はパンで⭐︎」とお願いしていたのでした。
そしたら、パンと味噌汁、インゲンとツナの和物、ロールキャベツ、ヨーグルトという謎の組み合わせになりました…。
とにかくまあ、1.5日ぶりのゴハンです。
ベッドを起こしてもらいましたが、背中の傷がいてぇ!
誤飲しないギリギリの角度で止めてもらい、なんとか味噌汁を飲みました。
はー、食事ってありがたいねえ…。
と、久しぶりの食事で気持ち悪くなったりするのかと思いきや全然で、ほぼ完食。
麻酔の後の眩暈や気持ち悪さなどもないという、いいカンジの目覚めとなったのでした。
でも背中は痛いんだけどね!!
入院生活はまだまだ続きます。
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