若い頃、ワタシは「ゴージャスな美人になりたい」という願望を抱いていました。
ええ、身の程知らずの願望とは自覚しています。ええ、ええ。
いいじゃないですか、勝手に願うくらいは。子どもが「プリンセスになりたーい」と言っているようなものです。
四十路を迎える辺りから、肌は枯れ、身は弛み、髪はパサつくという老化が顕著になり、ゴージャスの「ゴ」の字も体現できないように。
なので今は「小奇麗なババアになりたい」という野望を胸に秘めています。
しかし、このグッとハードルを下げたつもりの野望でも、なかなか難しいものだと途方に暮れています。
ゴージャス美人を目指していた頃は、それなりに美容にカネと手間暇をかけていました。
シーズンごとに服を買い、毎日メイクはきっちり施して、週末にはネイルを塗り、定期的にスポーツジムとエステに通う、みたいなカンジ。
とはいえ食生活はそこそこ乱れていたし、美容院に行くのは年に3回(電車とバスを乗り継ぐところに通っていたので面倒だった)という手抜きっぷりでしたし、そもそも地がアレなものですから、ゴージャス美人になれるわけもありません。
30代に入って体調を崩し、美容にかけるカネと気力がなくなってしまってからは「ゴージャスでなくても美人でなくてもいい」と諦めの境地でした。
しかし、今思うと30代はまだ若かった!
基礎化粧品のランクをぐっと落としてもすぐに肌が枯れるわけでもなければ、たまに暴飲暴食をしても体型が崩れるわけでもない。
美容に手を抜きまくっても「フツーのお姉さん」をキープできたので、すっかり油断していました。
それが40代の足音がひたひたと聞こえる頃になると一変。
乾燥知らずだった肌は乾くし、今まで通りの手入れでは髪がパサつく一方です。
「これが老いか…!」と戦々恐々としました。
ちょうどその頃から乱視が進行し、裸眼では細かいモノがよく見えなくなりました。
化粧をするために鏡に向かっても細かいシミやシワは見えません。「人間の身体ってよく出来ているな…」と妙なところに感心しました。
さすがに40代半ばで山姥みたいになるのも哀しいので、せめて小奇麗なババアになりたい。
というわけで「小奇麗ババアプロジェクト」略してKBPを密かに始動させたのです。
小奇麗ババアプロジェクトの2019年重点活動は、髪の手入れでした。
何が山姥っぽく見せるかというと、ひとつは艶がなくバサッとした髪の毛だと思うのです。
参考:アラフォーの髪型、何をどうしても決まらなくて困る
ワタシは元々クセ毛でバサッとしているので、頭が山姥化するのは非常に早かった。
そして、ここ数年間は美容院難民になっていて、思い切った対策もなかなか取れませんでした。
しばらく前に飛び込んだ美容院で「あー、りんむさんの歳じゃそろそろロングはきっついですね~」とズケズケと言う美容師さんに当たり、それを機に長年のロングヘアを卒業。
ボブ~ショートボブくらいの長さにして、ハリコシのなさを誤魔化しています。
短くしちゃうと、美容院通いの頻度を上げざるをえませんね。
んで、行ったついでにヘッドスパでもやるか…となる。そしてズケズケ美容師さんに「りんむさん、頭凝ってますね~。歳取ると凝りがひどくなるんですよね~」とズケズケと言われています。
(ズケズケ美容師さんは同世代で、「目のかすみが酷い」話に花が咲きます。)
これで髪は小奇麗になったぞ!
…と言いたいところですが、夏の間は湿気に負けて毎日まとめ髪にしてしまっていたので、山姥感満載でした。
世の中の小奇麗なババアは夏をどうやって乗り切っているのだろう。
さて、長年ロングにしてテキトーに巻いて誤魔化してきたので、いざボブやショートボブにしても自分の思うようなスタイリングが出来なくて困っています。
パーマをかけてブローせずとも済むようにはしていますが、艶感とか毛先の動きとかはノーブローだと出ませんね。かと言って毎朝ブローとか、今更無理。
そんなとき、毎朝通勤時に「こんな髪にしたい!」と思える人とすれ違うことに気づきました。
肩上のふんわりボブで、サイドからバックにかけての毛先の動きがとてもキレイ。ツヤツヤの髪がその動きを余計にキレイに見せている。
色は上品な栗色。べったりと単一カラーにしているわけではなく、かといって下品なメッシュが入っているわけでもない。
はー、キレイなボブだなあ。と、毎朝見とれています。
ただねえ。
その素敵な頭の持ち主、オジサンなんですよね……。
最初は「放置していたらボブっぽくなっちゃったのかしら。ツヤツヤカールは天然で」と思っていたのですが、ある日ほんのり短く整えられていたのでオジサンこだわりのボブスタイルらしいです。
小奇麗なババアどころかオジサンに憧れるワタシ…。
KBPの遂行、前途多難です。

コメントを残す