椎間板ヘルニアの入院生活、もうちょっと続きます

入院生活8日目

一週間も病院にいると、朝食がパンと味噌汁という妙な組み合わせでも「はは、またこれか…」で済ませられるようになりました。

マリオット
もちろん、こんな朝食は出てこない

不思議な朝ごはんを済ませて、朝の検温でも平熱だったので、もう一度売店へ行ってみることにしました。

一度往復できたから今日はイケるっしょ!

と、自信満々に向かったのですが、…この日もやっぱり迷いました。
いかにも入院患者なレンタルパジャマを着たババアが「あれ?」という顔をして案内板を見ているので、遠くの方からスタッフがシュバババッとやってきて「お困りですか?」と声をかけてくれました。

お恥ずかしながら売店までの道のりを迷ってしまい〜、そうでしたかわかりづらいですよね〜、とわかりやすい場所まで案内してもらい、ようやく辿りつくことに。
はー、毎回スタッフの手を止めて申し訳ない。

という話を看護師さんにしたら、「たまに認知症の患者さんが脱走することもありますからねえ」と苦笑いしていました。
ああ、それで…。

脱走が発覚したら館内緊急放送が流れ、自動ドアはすべて手動に切り替え、みんなで探し回るそうです。

そういえば、廊下で時々「緊急放送」とアナウンスが入っていたけど、あれ救急車が到着したから来いってことかと思っていたけど、そうじゃない場合もあったのか…。

なんて話を聞いた後、廊下に放送が流れたので耳をそばだててみると(病室の中ではそんなに聞き取れない)、「確保」とか言っていました。ひえ、これか。


この日は、予告もなく朝のリハビリがなかったので、昼食前に自主トレです。

なんか、リハビリの時間がわからなさすぎて、予定が立たないんですよ。
病人に予定もへったくれもないですが。

病室でほんのりストレッチしてから(まだあちこち痛くて自力のストレッチが難しい)、爪先立ちとスクワットも少々。
その後、病室を出て廊下を歩くことにしました。

…そうなんですよ、歩く場所といったら廊下くらいしかないんですよ。
こんなに広かったら散歩できるような素敵なお庭でも作っておいてくれればいいのに。

そして廊下といっても病室の前はワゴンやストレッチャーや車椅子を運ぶ看護師さんがドヤドヤしているので、邪魔になりそう。
個室フロアでこれですから、大部屋前はカオスです。人や機材だらけで歩ける雰囲気ではない。

なので、結局リハビリ室の前の廊下が最も安全と判断し、そちらへ行きました。
そちらもリハビリで歩行器や車椅子を使ってよたよた移動しているお年寄りは多いですが、療法士さんが周りを気にしながら付き添っているので、殺気立った病室よりはマシです。

今まで担当してもらった療法士さんとすれ違って、どうもどうも自主トレです〜と挨拶し、軽快に歩き始めました。

…のつもりなんですが、やはり右脚は重いですね。
足や膝下の筋肉がまだまだ全然で(何しろふくらはぎが左側より2センチ細い)、右足で着地したときにちゃんと踏みしめている感覚が弱い。

これ、この日売店に行ったときもそうで、歩けなくはないけど大股早歩きは無理だし、長時間の歩行も無理…、と思いました。

痛くはないけど脚や足に負担かけているな…と感じたのが、500メートルほど歩いた地点。

500メートルか〜。
5キロメートルくらい歩くのは何とも思わなかったワタシが、500かぁ〜。

と、結構落ち込みました。

ま、数カ月間神経麻痺のせいで筋肉を動かせなかったから仕方ないんだけどさ。
ゆっくりリハビリしていくことにします…。

この日は、脚に膝を曲げないような器具を装着し、男性療法士に抱えてもらい、傍らには点滴棒や酸素ボンベを運ぶ女性療法士もいて、という歩行のリハビリをしている人を見かけました。

弱り過ぎて膝かっくんしちゃうから着ける器具ってアレか。
そしてあの状態で歩かせるなら、ワタシの術後初日の点滴棒と血液タンクなんて可愛いものだったんだな…小柄な療法士さんに付き添ってもらっただけだし…と、自分のリハビリなんて大したことないと目の当たりにしました。

療法士さんに聞くと、脳関係の病気の人は、意識がないうちから療法士が抱えて無理矢理でも歩かせるそうです。
そうしないと筋肉が固まっちゃうってこともあるし、足裏の刺激で脳の改善に繋げる狙いもあるとか。

手術を待たされて「こんなに痛いのに〜〜」と何度も思ったけど、早くしないと今後死ぬまで寝たきりかどうかという瀬戸際もいるんじゃ、そりゃ待たされるわなあ。
手術を捻じ込んでくれてサンキュー、主治医。
と、感謝の念がしみじみと込み上げたのでした。


さて、その日の昼食は鶏もも肉の照り焼きでした。

タンパク質、ツナや豆腐はよく見るし、豚も何度か見かけたけど、鶏は初めてかもしれません。
しかも胸肉じゃなくてもも肉。
それなりにジューシーで美味しいです。

病院の薄味にもすっかり慣れて(元々、母の料理が薄味)、毎食美味しく完食していました。
不満は、パンと味噌汁という妙な組み合わせとか、たまに「どれで白米を食えっちゅうねん!」みたいなオール淡白な献立になることくらいでしょうか。
食事制限がない人は、ふりかけ持参で入院するのが無難かもしれません。

そうそう!
この日、体重測定したんですが!
体重がビタイチ落ちていなかったんですよ〜〜!!

痛みが激化した8月、料理どころか食事もできなかったので、ちょっとスッキリしました。
なるほど、加齢で太るのはこういう事態に備えて蓄えているわけだな…何日か鳥の餌みたいな量しか食べてないけど生きているもん…。
と納得し、手術しましょっかと決めてからは「手術の負担で減るだろうし、動かないんじゃ食欲もなかろう」とスッキリした分を取り戻すレベルで食べるようにしていました。

んで全身麻酔で背中を切り刻んでぐったりし、体重計に乗ったら減っていないって、どういうこと!?
病院食の量、やっぱり多いんじゃないの?!

多いなら残せばいいのですが、点滴が入っている間は「この邪魔な点滴を抜きたい…!」という一心で完食していたのですよ。
その後も、坐骨神経痛の名残と全身麻酔の影響でお通じがイマイチなものですから、「ほーら、腸を刺激してらっしゃい!」と完食。

仕事しながらずっとチョコを食べるとか、特別な日でもないのにケーキを食べるとか、そういうアホっぽいことしてないのに体重維持…!
すごいね、病院食!

と、「なんなら体重をちょびっと落とすつもりで入院したんですけどねえ」とエアロバイクを漕ぎながら理学療法士さんに愚痴ったら、「体重は落ちない方がいいですよ。筋肉が落ちていないってことですから」と慰められました。

確かに、手術前から弱々だった右脚の筋肉のなさに辟易して気づいていなかったけど、背中は傷跡がちょっと痛いだけで手術直後の「どこまでザックリ切ったんだ!?」みたいな広範な痛みはもうありません。
寝返りみたいに姿勢を変えるのもゆっくりであればできるようになったし、それでいて腕や腰の筋肉痛もない。

いやいや、やっぱりすごいね、病院食!
このバランスのまま、ちょっとだけカロリーを削ったらダイエットできるじゃん!
1カ月分のレシピください!


この日は昼食の後、座って本を読んでいて、脚が痛くなってきたのでそのまま昼寝してしまいました。

あんまり昼寝の癖をつけるのもなあ…と昼はうとうと程度に留めていたけれど、いやいや入院生活とももうすぐ訣別、そしたらブリ男に寝ていてもアタックされる日々が戻ってくるから…と自分を甘やかしてぐーぐー。

珍しく、「あれ、これ夢の中だよな」と自覚がある夢を長々と見て、いかにも午睡らしい午睡でした。

ふとノックの音で起こされてみると、検温の時間です。
計ったら微熱がありました。
あー、もう熱は出ないかと喜んでいたけど、やっぱり出るか。
ただでさえ疲れているときや秋冬は夕方に微熱が出がちなのに、背中に傷をつけた後だと一週間程度では元気もりもりとはいきませんね。

と、落ち込んでいると、廊下が何やら賑やかです。

どうやら近くの病室に今日から入院した人がいる様子。

そのお爺さん?(付き添いもいるのか、お婆さんの声もする)がお耳が悪いようで、声がデカい!
お婆さんの声も負けじとデカい!
それに応酬する看護師さん達の声もデカい!!

「あのねー! 今日飲む分の薬をねー! 貰いたいんだけどねー!」「預かっているのは明日からだよー! 今晩の分はホラ、ここにあるでしょー!!」
と、館内放送が聞き取れなかったのに、会話はばっちり聞こえてきます。

そしてなぜか扉開けっぱなしで、大音量でテレビを見始める爺さん婆さん。
入院の案内には「個室も壁が薄いからイヤホンを使ってね」とあるのになあ。
ま、お年寄りじゃあねえ…。

てなわけで、その後は「今このCMが流れているな」とわかる程度には聞こえてくるテレビの音をBGMに過ごしていたのでした。
夜はちゃんと静かにしてもらえたのだけが救いです。

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