少し前に「年収200万円で豊かに暮らす」というムックが話題になりました。

最初、これがTwitterで回ってきたときに「20年近く前は『年収300万円時代を生き抜く』云々が物議を醸したのに、そこから100万円も下がったのか…」ということに驚愕しました。
森永卓郎氏の「年収300万円時代を生き抜く経済学」って、今改めてサブタイトルを見ると「給料半減が現実化する社会で『豊かな』ライフスタイルを確立する!」なんですね。
給料半減した結果が年収300万円で、その前は600万円くらいあるのが珍しくなかったということですかそうですか…。ということに再度驚愕。
年収600万円なんて中間層でしょーという感覚のジジババと、年収200万円で「豊かに」暮らしていかなきゃいけない層とでは、深くて長い隔たりがありますね。そりゃ社会がギスギスするわけだ。
「年収300万円時代を生き抜く経済学」が出た頃は、ワタシもまさにちょうどそれくらいの年収でした。
その前はもう少し稼いでいたんだけど何しろ労働時間がえげつない職場で、週に一度は点滴を打ってなんとか微熱を下げるという生活になってしまったので辞めました。
部署異動の希望が通ればもう少し続いたのかもしれませんが、体調が悪いから異動したいと上司や人事に相談すると「そんな理由で職場を変えたいなんて、甘えです」と断言されたので「こりゃダメだ」と思ったんですよね。
残業したらしただけ残業代がもらえたので当時はブラック企業だとは思っていなかったんだけど、残業月百数十時間が半年以上連続する職場環境はおかしいし、その結果体調不良になったら「甘えだ」と言われるし、今思うと充分変な会社でしたわ。
ま、そういう会社しか新卒採用がなかったのが氷河期世代の運の尽き…。
んで、長時間残業に懲りてほとんど残業のない会社に転職したら、時間に余裕ができて健康的な生活リズムを保てたのはいいんだけど、年収300万円を切ってしまい「お金がないって大変だな…」と実感したのでした。
それまで何も考えずに散財していたのを改めて、手取りの1/3は貯蓄、1/3は家賃や自動車の維持費など、1/3は生活費や娯楽費と配分を決めて、節約生活に突入しました。
その生活が豊かだったかどうかというと、不満がなくはないけど不自由というほどでもない、というカンジでした。
外食やコンビニ利用は控えたけど、時間はあったから自炊できたし弁当を作ることもできたし。
市営のスポーツセンターが自宅から近かったので、安い利用料金でプールに入ったり。
学生時代に続けていた習い事を再開する余裕もあったし、ないと生活できない地域とはいえ自動車を維持することもできた(軽だけど)。
残業しない代わりにぽっかり空いた時間を勉強に充てれば人生が変わったんでしょうけど、お金を使わない暇潰しとしてPCでちまちまサイトを作ったりする楽しみを覚えてしまって、今日のようにブログを続ける契機となった時代でもありました。
そんなわけで、楽しく暮らしていくには特に不便はなかったのです。
「お金がないなあ」と感じたのは、服やバッグや靴を値札を見ずに買えなくなったときですね。
一万円くらいの服やバッグでも買うのにうんうん悩んで、靴は履き潰すまで買えない。まあ、それまで値札を見ずにスーツをポンポン買っていたのが異常だったんですけど。
マジで貧乏だな、と感じたのは、そこから更に収入が減ったときでした。
勤務先の経営がヤバくなって(結局のちに潰れた)逃げ出したはいいけど仕事がなく、非正規で食いつないでみたら「これは無理!」となるまで収入が減りました。
それがまさに年収200万円程度。手取りだと百数十万円ですね。
最初は「貯金ができなくなるなー」くらいのことを考えながらスタートしたのですが、貯蓄がまったくできないというのは不安で仕方なかったです。
収入に比べて家賃が高くなっちゃったから引っ越す必要が出てきたけど、貯蓄を切り崩して引越費用を捻出するとなると怖くてなかなか踏み切れない。
貧すれば鈍するとはこのことか…と体感したのでした。
時間的な制約が出来てしまったので弁当を作ることもできず、仕事の合間にコンビニで昼食や夜食を買うことになるのですが、どれも高くて買えない。仕方ないので3食を2食にして乗り切っていました。
コーヒーや紅茶なんかも控えて、飲むのは水道水オンリー。お菓子や果物なんて買えるわけがない。
服や下着を買い替えるなんてとんでもないし、美容院にも行けない。
と、身動きが取れない状態でした。
さすがにこれを長期間続けたら生活が破綻する…と脅えて、転職活動と平行しながら実家に戻って「子ども部屋おばさん」に変身する算段を立てていました。
こどおばになる前に興味関心がまったくない業種・職種で正社員の口が見つかり、「ま、景気が良くなるまで数年間そこで働いて貯金して、生活を立て直したらまた仕事を探せばいいか…」と腰掛けのつもりで転職し、その後景気回復どころかリーマンショックやら体調不良やらあってやっぱり身動きが取れず、今に至るというカンジです。
というわけでワタシの経験的に「年収300万円は何とかなるけど年収200万円はヤバい」という感覚があります。
当時は税金や社会保険料が今より安かったから、現在の年収200万円は更にヤバい。
それで「豊かに」は無理があるよなあ…、と思います。
とはいえ、今のワタシは年間200万円程度まで家計を縮小するのが目標となっています。
なぜ家計を圧縮しようとしているかというと、老後の生活に備えてです。
参考:老後に備えて家計の緊縮策を展開!?
体力的に60歳まで働けるかも怪しいので、貯められる老後資金は乏しいし、仮に支給されたとしても年金も少ない。
それでうっかり90歳だの100歳だのまで長生きしてしまっては破産するので、生活レベルはできる限り下げておきたい。
では下げた生活レベルはいかほどかと想像すると、若い頃の「不満がなくはないけど不自由というほどでもない」という生活でした。
さすがにね、「明日の米を心配する」レベルまで下げるのは厳しいけど、お金がかからない趣味を楽しみながら空腹に悩まされない程度に生きていくのは老後の暮らしとしては悪くないのではないかしら。
結局、長く生きていると「もうちょっと稼げるといいのになあ」と思っていた若い頃の生活レベルに戻るのか。
と思うと、人生って何でしょうね…という気がします。
それなら無理せず頑張らず、若い頃から歳を取るまでずっと低空飛行でほどほどに稼げばいいじゃん…と厭世的になるのも無理はない。
そういえば非正規を脱した頃、仕事帰りにコンビニでハーゲンダッツの新作を買って帰ることに喜びを感じました。
財布の中身を気にせずコンビニでダッツを買う贅沢ができるなんて、幸せ! と思ったんですよね。
ワタシにとっての「豊かな」暮らしの基準はそこだったんだよなあ、と、コンビニのアイスのショーケースを眺めて思い出しました。
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