新型コロナウイルスの蔓延で、今年はすっかり生活様式が変わってしまった。
誰も彼も。
世界のあらゆるところで。
ワタシも当然去年までと同じ生活を送れていないのだけれど、今の暮らしは割と気に入っている。
そりゃ、毎日マスクを着用しなければいけないのは鬱陶しい。
元々マスクは苦手で、咳が止まらないようなときしか着けなかった。それが出社するにも店に入るにもマスクが要る。マスクマスクマスク!
それに、気軽に海外旅行に行けなくなったのは、どうしようもなく切ない。
仮に数年後、また自由に海外へ行ける日が戻ったとしてもコロナ前と同じように観光が楽しめるか分からない。隣のテーブルと異様に近いパリのカフェ、ワイキキビーチのニューイヤーカウントダウンパーティー、何本見送ってもちっとも乗車できない混雑した北京の地下鉄。あのとき見た風景はもう見られないかもしれない、と思うと哀しい。
しかし、日常は何の問題もなく流れている。
食べるものは今まで通りに買えるし、消毒用エタノールも入手しやすくなった。
自宅で仕事をやるのが当たり前になって、付き合いで夜出歩くこともなくなった。
収入は減ったけど、海外旅行に行かない分支出も減っている。衣食住を賄うだけなら充分な収入だ(今のところ)。
時間のコントロールがしやすくなり、むしろワタシの生活はCOVID-19以前より格段に質が向上している。マスクくらい大した問題ではない。
とはいえ「今が快適で幸せ」と断言できるのは、ブリ男のおかげだ。

今年の春、店という店が閉まって家に居るしかないという状況になったとき、「まあ、ブリ男とのんびり過ごせばいいか」と思わせてくれた。
在宅勤務が続いて人との会話がWeb越しだけの時期も、毎日何かしらブリ男に話しかけているので喋り足りないことはなかった。
海外旅行に行けなくなっても「ブリさん的にはその方が幸せよね」と割り切ることができた。
毎日きちんと食べて、それなりに仕事してほどほどに稼いで、ブリ男と長い時間一緒に過ごす。
これを幸せと呼ばず、何を幸せというのか。
こんな日が一日でも長く続いてほしい、と世界中の騒動を尻目に願っている。
ワタシのように気楽に今の生活を楽しんでいる人ばかりではない、ということはもちろん知っている。
知人も春のステイホーム期間にこもりきりの生活が続いて、病んでしまった。
昔、ワタシは心身を病んでいたとき、引きこもりの生活を送っていた。
といっても人との会話が億劫な状態だったから朝から晩まで自宅に居て誰とも喋らないことは苦痛ではなく、むしろ楽だった。
そんな状態ならともかく、まともな神経をしていたら他人と顔を合わせずに部屋にこもることは酷い苦痛なのだろう。
……と考えたが、ワタシにはその苦痛が想像しがたい。
自宅に引きこもってもやることはいろいろあるし、メールや電話でも充分コミュニケーションを取った気になれるし、病むほど嫌な状況ではなさそう。むしろ、職場の苦手な人とWeb越しでしか関わらなくて済むなんて、快適じゃないか。
そりゃ、温かくてふわふわで可愛いブリ男が寄り添ってくれたらそれに越したことはないけれど、仮にブリ男が居なかったとしてもワタシは2020年の生活をそれなりに楽しんでいたと思う。
と、孤独耐性が異様に高いからこそこの歳までひとりで暮らしてきたし、今後もひとりで生きていくつもりなわけで。
ひとりで平気という性質は、時にはあまりいい作用をしないし褒められたものではないと考えていたけれど、役に立つこともあるという発見があったのは今年の収穫。

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