今のマンションを買ったときはまだ39歳だったのに。
参考:マンション、買い替えちゃう!?
もう40代も半ばで、アラフィフではないけどアラフォーというにはちょっと、というお年頃になっています。
まあ、元々「若い頃はすごい美人だった」という人間でもないので若さを惜しむ気持ちはあまりなく、むしろ歳を取れば取るほど気楽になっているので加齢自体は別にいいです。
しかし、先日ちょっとショックを受けたことがありました。
とある店で若いお兄さんに接客してもらっていたとき、店員さんがしきりに「お母さんが」と言うので「なんで母のハナシ?」と頭の中にはてなマークが飛びまくっていたのですが、しばらくしてその「お母さん」がワタシのことだと気づいて衝撃を受けました。
お、お母さん……!
若いときは「おばさんって言われたらショックなんだろうなー」と漠然と考えていたけれど、実際に友人の子どもから「おばさん」と言われても「そりゃそうだ」くらいにしか思わず、さほどショックでもないことに衝撃を受けました。
今では職場の20代の子と話すにも「おばさん、それ知らないわ」と自称として便利に使っています。
そういえば、高校生のときに美容院で「今日はお仕事お休みなんですか?」と言われたり、大学生のとき家のガス点検に立ち合ったら業者さんに「奥さん」と呼ばれたりしたとき、軽くショックを受けました。
ただ、老けて見られるのは昔からで、小学生のときに改札で「ちゃんと大人料金を払って」と叱られて同行していた親に説明してもらうというのが珍しくなかったので、ショックというより「またか」とウンザリするというカンジ。
それに、子どものときは大人っぽく見られたいという欲求も少なからずありましたし、社会人になってからは新人だと舐められるよりはベテランの風格を勝手に感じてもらった方が仕事が速いこともあり、実年齢より上に見られるのは嫌なことばかりでもなかったのです。
と、自分の年齢や属性に関してある程度心に漣が立つのを経験していたのに、ここへ来て「お母さん」にショックを受けたことにビックリしました。
このショックの理由って、何なんでしょうね。
産んでもない人から「お母さん」呼ばわりされる謂れはない、などと考えているのかもしれません。
しかし、ブリ男に対してはワタシのことを「お母さん」と自称しているし、もしブリ男が猫又になって日本語を操れるようになったら「お母さんと呼んでね」と言うと思います。
離乳直後からブリ男を見守っているんだから、そりゃ育ての親でしょう。「お母さん」でも違和感はまったくありません。
ブリ男ではなく、何らかの事情で産んでいない人間を育てたとしても、同じように「お母さん」でOKだったと思います。
そんな風に育てた子ども関連の知人から「○○ちゃんのお母さん」と呼ばれても別にショックは受けないと思う。
でも、ワタシの母としての役割からかけ離れている人から「お母さん」と呼ばれると違和感ありまくりです。
若い頃「お嬢さん」と呼ばれたときは年頃の娘さんに成長したような気がして満更でもなかったし、「お姉さん」と呼ばれるのは今では「そこまで若くはない」と苦笑しつつも受け入れると思いますし、恋人と歩いているときに「奥さん」と呼ばれたら照れはするけどイヤではない。
つまり「お嬢さん」「お姉さん」「奥さん」は「そう見られると嬉しい」というポジティブなイメージなのに、「お母さん」はそうではないという。
なぜそんなことになったのでしょう。
自分の母に対しては、そりゃ同性の親子だからいろいろ思うところはあるけれど、マメで料理上手・裁縫上手で尊敬しているし、無事に社会に出してもらったことに感謝しています。
若くて綺麗な母と子どものワタシという組合せの夢は今でもよく見るし(言っておきますが、母は元気に存命です)、甘ったれだった子ども時代は自分でも幸せだったと思っている。
それなのに自分が「お母さん」と呼ばれてビックリしたのは、この先も一生「お母さん」になれないということに忸怩たる思いを抱いていたせいなのかもしれません。
頭では「子どもがいない人生は気楽だわ。税金たくさん払うから許して~」と割り切っていても、何かしらくすぶっていたのかも。
「お母さん」に対する憧れが「お母さん」になれないコンプレックスや悔恨とないまぜになって、発酵している。という、自分の黒い部分を垣間見てイヤな気分になりました。
と、いろいろ考えてみましたが、最も衝撃的だったのがワタシを「お母さん」と呼んだお兄さんが、実際ワタシの息子でもおかしくない年齢だということです。
ワタシがハタチそこそこで出産していれば、その子は今普通に働いていてもおかしくない…。
独身でずっと過ごしていると、こういう時間感覚が狂っているのが困りものです。
自分はもうおばさんである。と自覚しているつもりでも、「奥さん」とか「お母さん」とか呼ばれる機会がなく、明確な区切りがないままなんとなーく「娘さん」時代が終わったわけだから、まだ「娘さん」「お姉さん」気分が残っているんですよね。
これが酷くなると自分を異様に若く見積もっている年寄りになってしまうので、意識してアップデートしないとヤバいです。
あとは、一応身綺麗にしているつもりでも肝っ玉感とか生活感が溢れ出ていたのか…ということにもショック。
今年は出掛ける機会が少なかったからKBP(小綺麗ババアプロジェクト)が滞っていたのは否めません。ちょっと反省……。

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