久しぶりに東京に行ってきました。
いやー、最近の東京のホテルは高いですね!
ついこないだまで「せっかく東京で泊まるならラグジュアリホテルで贅沢ステイしよーっと☆」なんてことをやっていたのですが、今回もそのノリで予約サイトを覗いたらあまりにも高額で鼻血を吹くかと思いました…。
2020年まではこんなカンジなのかなあ、としょんぼりしています。
しょんぼりしつつも、美味しいものをいろいろ食べてきました。
ひとつは精養軒です。
明治の文豪に愛された西洋料理の王道を堪能しに行きました。
ふと気づくと、2軒目のマンションの設計変更を終えてから早や2年になろうとしています。

………えっ!? またまたそんなご冗談を。2年も経っているわけないじゃん!
と一瞬思ったのですが、ホントに2年近く経っていました。
図面を見ながらウキウキしていたのって、つい昨日のことみたいなのにな。
そして新居についてあれこれ思いを馳せて「引っ越すまでにあと1年半もあるなんて信じられない!」と唸っていたのに、瞬く間にその1年半が過ぎ去ってしまい、驚愕。
というわけで、まだ記憶のあるうちに設計変更で考えたあれこれを記録しておきます。
先日、電車の中でApple Watchを着けている人を久しぶりに見かけて「おおぅ…」と複雑な気分になりました。

Apple Watchが発売されたときの「うわー、だっせ!」という衝撃は、IT業界史の汚点として残ることでしょう。
エルメスやナイキとコラボしてデザイン的なダサさは多少改善されたようにも見えますが、装着している人を見かけるとまだ「おおぅ…」と思ってしまう程度にはダサい。
なぜApple Watchはこれほどまでにダサいのでしょうか。
リクエストを頂戴しましたので、アクセサリーや時計について書いてみます。

服と同様、若い頃はプチプラアイテムを次々買って悦に入っていました。
しかし、歳を取ったりいろんなきっかけがあったりして、徐々にプチプラアクセサリーに手を出すことはなくなってきました。
いろんなきっかけのひとつは、職場が変わったことです。
(さらに…)バッグが好きです。

高校を卒業し、学校指定鞄から解放されて早や二十余年、以来毎日毎日鞄をとっかえひっかえする生活を送っています。
服はとことんシンプルにして数を減らしてもいい。
靴も履きやすくて美しいモノが数足あればいい。
でもバッグは……、バッグはありとあらゆる大きさ・フォルム・色柄素材を取り揃えておきたいのです。
私の目の前にはカツ丼が置かれている。
正確に言うと、ただのカツ丼ではない。カツ丼定食だ。
根菜とネギがたっぷりの味噌汁が入った椀と、申し訳程度に柴漬けが乗った小皿、それらが1枚の盆に共存している。
しかし何と組み合わせたところでカツ丼が怯むはずがない。
大振りの丼にどっかりと米が詰まり──そしてそれが決して上げ底ではないという確かな重量感を持っている──、その上には熱々の分厚いカツと、それを包む出汁の香りがする卵、それから色鮮やかな三つ葉と、カツ丼の威風堂々たるや柴漬けなぞ歯牙にもかけぬといった風情。
豚の甘い脂身はとろんと半熟になった卵の黄身に包まれて、私に食べられるのを待っている。
私はそれを箸で上品につまむか、あるいは匙で豪快にかっ込むか、丼から上がる湯気の中で逡巡しているのだ。
だが、私の手がしばし止まっているのは、箸匙問題のせいのみではない。
皆さん、工場見学は好きですか?
ワタシは大好きです!
工場にも良い工場と悪い工場がありまして、良い工場とは何ぞやというと、動線に無理がないとか見晴らしがいいとか工員に活気があるとかいろいろあるのですが、究極的には「整理整頓が行き届いている」という一点に収斂されます。
この猛烈に片づいている「良い工場」を見ると、めっちゃ萌えるのです!
秋になると、モノを捨てたくなります。
正確に言うと、秋になると家の中のモノを減らしたくなります。
何でもかんでもポンポン捨てるという意味ではなく、部屋中のあらゆるモノを棚卸して不用品を処分し、家の中の垢を落としたいというか流れを良くしたいというかシェイプアップしたいというか、そういう気分になるのです。
ほぼ毎年そういう気分になるのは「年末の大掃除モードに入っているのかな」と考えていたのですが、どうもそういうことではなさそうです。