更新がしばらく滞りました。
毎年お馴染みの繁忙期、今年は揉め事も少なく大したことないと思っていて、実際例年より残業時間は少なめだったのですが、寄る年波には勝てず今年もやっぱり疲れ果てて、休日は引きこもってダラダラと寝ており、それでブログもついつい後回しにしていたのでした。
ダラダラの中身は何かというと、まあ大抵はぐーぐー寝ているのですが。
今年は大河ドラマ「光る君へ」に刺激され、久しぶりに源氏物語を読んでいます。
そのせいで上の段は古文直訳調なリズムになっています。

本は電子書籍派! …のつもりでも、小さな本棚そろそろパンパンで書いた通り小学校に上がってすぐに源氏物語を読んだ程度には平安時代好きなので、「光る君へ」が発表されると「平安大河キターーーー!」と大はしゃぎしていました。
そして光る君イヤーを迎えてみると、ドラマが面白いだけでなく関連本も充実しているので小躍りしています。
さて、ワタシが源氏物語と出会ったきっかけは何だったかというと。
…これがまったく覚えていないんですよね。
恐らく児童向けの「にほんのぶんがく」とか「日本の偉人」とか、そんなような本で見かけたのだと思いますが、就学前のことなので全然記憶にない。
小学校に上がってひとりで図書館に行くようになり(昭和時代は子どもがひとりでウロチョロしていても虐待扱いされなかった)、子ども向けの源氏物語ダイジェスト的な本や漫画を読んで、それだと全帖載っているわけではないから物足らない。
それで親にねだって円地文子訳の源氏物語の文庫本を買ってもらいました。
紆余曲折を経て買ってもらったときはまさに「后の位も何にかはせむ!」な気分で、のちに「更級日記」を読んで「超わかる!」と千年の時を超えて共感の嵐でした。
しかし、数年後に冷静になってみると、小学校低学年の児童がなぜ円地文子訳を選んだのか、自分でもちょっと不思議でした。
もうちょっとくだけた文体の読みやすい訳文もあったのではなかろうか。
今でこそ円地文子訳は半世紀以上前の古い作品ですが、ワタシが手に取った当時は文庫が発売されてから数年というタイミングで、特に古いと感じなかったんですよね。
現代では使わない単語には振り仮名が振ってあるし、子どもに読めないものではない、とチョイスした覚えがあります。
とはいえ知らない単語もモリモリなので、読み切るまでは時間がかかりました。
「半蔀って何だろう…」と辞書を引き、親に借りた古語辞典が挿絵いっぱいで面白いと気づいて読み耽って脱線し、そして「源氏」に戻ってちまちま読んで…、の繰り返し。
その後「あさきゆめみし」に出会って、辞典を引かなくても角盥がどんなものか分かることに感動した覚えがあります。
「源氏」の後は平安文学を芋づる式に読み、百人一首の暗記で入院中の徒然を慰め、氷室冴子で平安コメディを嗜み、という遍歴でした。
そんなわけで高校の古文漢文の授業に出てくる文は「どれもこれも知っとるわ!」という状態だったので、勉強せずとも満点を取れるというイージーモードだったのです。
さて、「源氏」とは古い付き合いだったのですが原文を読んだのは高校生の時が初めてでした。
その後、大学に入学してから「源氏」を再読してみると、円地文子の訳に度肝を抜かれたのです。
円地文子の訳は、かなり原文の味わいを忠実に再現しています。
例えば、一帖の「桐壺」の冒頭。
高校古文の口頭試問で暗記させられた原文は、こう。
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。
これを古文のテストで満点を取るような訳文だと、こんなカンジになると思います。
いつの帝のご治世でしたか、女御や更衣が大勢お仕えなさる中に、それほどご身分が高いわけではありませんが、格別にご寵愛を受けた方がいらっしゃいました。
始めから「自分こそ」と思い上がっていらっしゃる女御達は、その方を目障りなものと貶めて嫉妬なさいます。その方と同じくらい、それよりご身分の低い更衣達は、なおのこと心安らかではありません。
林望訳だと、注釈要らずの親切仕様。
子どもが初めて「源氏」を読むならこれくらいがよかったのでは、と今なら思います。
さて、もう昔のこと、あれはどの帝の御世であったか…。
宮中には、女御とか更衣とかいう位の妃がたも多かったなかに、とびぬけて高位の家柄の出というものでもなかった桐壺の更衣という人が、他を圧して帝のご寵愛を独占している。そういうことがあった。
女御ならば皇族または大臣家の娘、更衣ならば大納言以下の貴族の娘と決まったものゆえ、その並々ならぬ家柄の女御のかたがたからみれば、我をさしおいて桐壺の更衣ごときがご寵愛をほしいままにするなど、本来まことにけしからぬお話、とんでもない成り上がり者と、あしざまに罵らずにはおられない。
まして、同じくらいの家柄、もしくはそれ以下の出自の更衣ともなれば、心はいよいよ穏やかではない。
それが円地文子訳は、こう。
いつの御代のことであったか、女御更衣たちが数多く御所にあがっていられる中に、さして高貴な身分というではなくて、帝の御寵愛を一身に錘(あつ)めているひとがあった。
はじめから、われこそはと心驕りしていられる方々からは、身のほどしらぬ女よと爪はじきして妬まれるし、そのひとと同じくらい、またそれより一段下った身分の更衣たちにすれば、まして気のもめることひとかたではない。
原文にあれこれと言葉を加えるわけでもなく、かといってテスト満点調の無味乾燥な文章でもなく、それでいて原文のやんわりとした手触りを残しつつ理解しやすいという、なんとも絶妙な訳文です。
小学生の頃はそんなことに気づくわけもなく、高校古文を経て初めて「あーーーー、『まして気のもめることひとかたではない』。そうだよねーーーー! なーにが『なおのこと心安らかではありません』だよ、味わいが全然違うよ…!」と愕然としました。
この円地文子訳がワタシの根底にあったからこそ、原文に触れたときに何の抵抗もなく、かつ古典とは乙なるものだと思えたのだな。としみじみしたものです。
そして自分が源氏の君が死んだ年齢に近づいてみると、子どもの頃は「めそめそ泣いてばっかりで辛気くさいおっさんだな」くらいに思っていたのが、源氏と同じようにめそめそしてみたりして、人生とは味わい深いものだな…と現在進行形でしみじみしています。
この熱量がほかの時代の文学や外国語にも向けばワタシの人生が更に彩り豊かになったと思うのですが、困ったことにそうはなりませんでした。
辞書を引き引き書物を熟読するほどの根気があるのは、人生のほんの初期だけの仕様なんだな…と、めそめそしています。
コメントを残す